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東京地方裁判所 平成2年(ワ)5410号 判決

原告 郭禹

右訴訟代理人弁護士 伊藤茂昭

松田耕治

溝口敬人

平松重道

布施繁雄

井手慶祐

被告 有限会社メキシコ

右代表者代表取締役 天野勉

右訴訟代理人弁護士 浅野義治

主文

1  被告は、原告に対し、七〇〇万円及びこれに対する昭和五九年八月三〇日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  この判決は仮に執行することができる。

理由

一  請求原因1及び2の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  そして、本件におけるように、本案訴訟において、仮処分命令の基礎となった被保全権利が当初から存在しなかったものとして債権者の敗訴の判決が言い渡されて確定した場合には、右命令を得て執行した債権者は、右の点について故意又は過失があったときは、民法七〇九条の規定によって、債務者が右仮処分命令の執行によって被った損害を賠償すべき義務があるものというべきであり、この場合において、本案訴訟において債権者の敗訴が確定したものである以上は、特段の事情のない限り、右債権者に過失があったものと推定すべきものと解するのが相当である(最高裁判所昭和四三年一二月二四日判決・民集二二巻一三号三四八二頁参照)。

これを本件についてみると、本案訴訟の訴訟記録の一部である≪証拠省略≫一一の各一、本件仮処分の申請書である≪証拠省略≫、原告本人及び被告代表者の各尋問の結果によれば、訴外有限会社タツ建設(代表取締役鄭判竜)及び被告(右鄭判竜の弟である天野勉が代表取締役)は、昭和五五年五月頃、訴外飯浜建設株式会社から持ち掛けられて、本件各土地を含む一帯の土地を買い受けて、右訴外会社と共同して、そこに分譲住宅を建築して販売することを計画し、右土地を訴外有限会社タツ建設、右鄭判竜の妻の訴外大木正子又はその子の訴外福尾光子の名義で買い受けたこと、訴外有限会社タツ建設は、同年七月及び八月、訴外株式会社龍伸興業の取締役具次龍に必要資金の融資方を申し入れて、その内縁の妻の訴外豊田摩耶子から三〇〇〇万円、右具次龍の娘婿の原告から四五〇〇万円を借り受けたこと、原告は、その後、訴外豊田摩耶子が貸し付けた右三〇〇〇万円を含めて、これらの貸金債権を担保するため、訴外有限会社タツ建設、訴外大木正子又は同福尾光子との間において、本件各土地を含む不動産について代金額を七五〇〇万円とする買戻特約付売買契約を締結したものであること、ところで、右本案訴訟においては、訴外有限会社タツ建設が昭和五六年後半に訴外株式会社龍伸興業又は右具次龍に八五〇〇万円を支払ったことは当事者間に争いがなく、右八五〇〇万円が前記の貸金の弁済として支払われたのか、訴外株式会社龍伸興業又は具次龍が訴外有限会社タツ建設又は訴外飯浜建設株式会社に貸し付けた別口の貸金債権の弁済として支払われたのかが主要な争点とされていたが、東京高等裁判所は、前記の控訴審判決において、右八五〇〇万円は右買戻特約付売買契約の被担保債権となった貸金債権の弁済として支払われたものとは認められないとして、被告の主張を排斥したものであること、被告が本件仮処分の発令を得てその執行をした当時においては、各当事者本人又は代表者の尋問を除いて、証拠調べも完了していたのであって、被告は、原告の主張や証拠資料を知悉していたものであることの各事実を認めることができる。

そして、これらの事実に加えて、被告の代表取締役天野勉は、訴外有限会社タツ建設の代表取締役鄭判竜、訴外大木正子又は同福尾光子らの関係者と前記のような身分関係にあって、容易に事の真相を確認することができる立場にあったことに照らすと、前記過失の推定を覆すに足りる証拠がないということにはとどまらず、本件仮処分の基礎とされた被保全権利が存在したものと信じたことに過失があったものというべきである。

三  そこで、被告が原告に賠償すべき損害の範囲について検討すると、≪証拠省略≫、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は、遅くとも本件仮処分が執行された昭和五九年八月当時には、前記買戻特約付売買契約に基づいて、本件各土地の所有権を確定的に取得していたものであって、これを第三者に売却することを計画し、三・三平方メートル当たり四〇万円ないし五〇万円での引き合いがあるなどしていたこと、ところが、原告は、本件仮処分の執行によって、これを売却することができなくなり、この間に本件各土地を含む地域が国土利用計画法によるいわゆる監視区域に指定されるなどしたため、結局、平成三年八月に至って、外二筆の土地とともに代金合計一億四五〇〇万円(三・三平方メートル当たり約四七万円)で訴外ユニオンハウス株式会社に売却することができたにとどまったこと、原告は、この間の昭和五九年から平成二年までの本件各土地の固定資産税として合計二六五万七八七〇円を支払ったこと、また、原告は、本件仮処分の執行取消の申立を弁護士に委任し、その手数料として二〇万円を支払ったことの各事実を認めることができる。

そして、原告が所期の時期に本件各土地を売却していたとすれば、その売却代金を運用することによって、一定の利回りによる利益を挙げえたであろうことを考慮して、これを最低限度に見積もって積算しても、原告が本件仮処分の執行によって本件各土地を売却できなかったことにより少なくとも七〇〇万円を下らない積極、消極の損害を被ったことは明らかである(なお、原告は、以上のほかに、前記の本案訴訟及び本訴にかかる弁護士費用をも損害賠償として請求するけれども、これらは本件仮処分の執行とは直接の関係がないか又はこれらの訴訟における被告の訴えの提起又はその応訴が直ちに不法行為を構成するものと認めるには足りない。)。

四  以上によれば、原告の本訴請求は理由があるから、これを認容する

(裁判官 村上敬一)

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